音楽があると気持ちも身体も整う。音楽が彼らの中での合図になって、分かりやすい世界を作ります。
── お話を伺っていると、なんというかアメリカってやっぱりすごいですね。ジャズを生み、音楽療法を普及させたアメリカ。きっと三宅さんにピッタリだったんですね。
三宅:そうですね。当時アメリカの音楽療法は、大学によって得意とする研究内容が異なり、コロラド州立大学は脳機能とリハビリテーション、カンザスは心理学、カリフォルニアでは子どもの発達について、という具合に地域や大学によって特徴的でした。私は脳と音楽やリズムの関係性を知りたかったのでコロラドに行きました。
ヨーロッパからもたくさんの音楽療法士が学びに来ていました。 ドイツでは音楽療法士も作業療法士や理学療法士と対等に人気商売で、患者さんの奪い合いだと言っていました。成果を出さないと患者が来てくれない。ドイツ は厳しいと自慢気に話すドイツの音楽療法士に出会いました(笑)。
── 日本とは立場も状況もだいぶ違うんですね。
三宅:そのようです。アメリカやヨーロッパでは音楽療法は他のリハビリテーショ ンと対等だという話をよく耳にしました。日本では全くそういう状況にないのです。なぜ日本は音楽療法士が一人立ちできないのだと思いますか?
── …なぜなのでしょうか?
三宅:文化でしょう、きっと。日本では「音楽は、高尚な娯楽」という風潮があり、私自身も「ピアノなんかやって、お嬢さんだったんですね?」と昔はよく言われました。でもヨーロッパでは音楽は暮らしの中に溶け込んでいますね。
── ヒットチャートを見ればその国の民度が分かるって言われてますが…。日本のそれが良いか悪いかは別として。
三宅:本当に。残念な部分もありますが、そうは言っても最近では、音楽の効用というものがだんだん浸透してきているとは思います。

── アメリカで学ばれたメソッドというんでしょうか、療法は日本で実践されていったんですか?
三宅:リハビリテーションの学校の教員をしていた頃は、同じ法人内のリハビリテーション病院等でOT、PT、STと一緒にチームを組んで臨床をしていました。認知症の高齢者、脳血管障害の成人の患者さんや発達障がいの子どもたち、妊婦さんから看取りまで、本当にたくさんの経験をさせていただきました。
── 三宅さんが「音楽療法」という、今まで日本にはなかったことをやり始めたということでしょうか。
三宅:30年前ですので、まだ少なかったと思います。当時、アメリカで音楽療法士の資格を取得した方の臨床場所を訪ねました。そこで音楽療法を一緒にさせていただいたのですが、何か少し違うと思いました。
それは、障がい児・者に音楽の演奏技術を高める事を通じて療育をされていました。「音楽療法での演奏活動」は、団体により技法・手法が異なるとことを感じ、うまく演奏することにこだわることではないと思いました。
── 音楽「療法」として、実際に演奏をさせるということですか?
三宅:そうです。ダウン症の方や発達障がいの方たちのバンド活動は、楽器を演奏することで集団の中にいることに慣れたり、聴覚機能を充分に使うことで注意力や集中力を維持向上するという効果があります。
また、リズムを感じることで咀嚼力を整え、情緒はもちろん歩行が安定し、思考力や記憶力が鍛えられるのです。楽器を演奏するとそういった機能が高まるということに注目することが重要だと考えています。
── すいません、僕はちょっと認識が違ったんですけども、音楽療法って音を使って治療していく、ということかと思っていたのですが、演奏するということも音楽音楽療法の一環なんですか?
三宅:そうですね。音楽療法には、大きく分けて能動的な音楽療法と、受動的な音楽療法があります。受動的に聴いて精神的な部分をサポートする、「ああ気持ちがいいな」とか、マインドフルネス(※)は、今よく言われています。
※マインドフルネス…過去や未来ではなく、今ここで起こっていることを感じる体験をし、自分自身の心と呼吸などの身体の状態に集中する状態。自分のいろんな邪念を取り払うために、静かに、水が流れている音、鳥の声、 緩やかなハープの音が聞こえているなど。『無』という状況になるために音を聴く。瞑想に近い。
そういった心理面をサポートする音楽療法もあれば、実際に楽器を演奏したり、歌を歌ったりする能動的な活動によってセラピーとする方法もあります。 それから音を聴きながら、いい気持ちになってきたら踊ることや音を出すなど、表現することでコミュニケーションのツールとして楽器を使うなど様々です。
── 三宅さんには「能動的」な音楽療法はあまり合わなかった?
三宅:演奏する行為自体は、効果的な治療構造ですが、うまく演奏するということに固執することは違うと思っています。間違えずうまく演奏することよりも、患者さんや対象の人たちが自由に今の思いを自分らしく表現するための音楽であることが治療構造として重要だと思っています。
音程やリズムがズレない様にすることにこだわって指導することで社会性を身につけるとか、みんなと合わせようとする訓練なのですと言われれば、否定はしませんが、私の肌には合わなかった。みんなで得た達成感や一体感などが一つの成果になるとは思います。
── 人に合わせるという、社会性みたいなものも育まれますね。
三宅:そうですね。そこには段階があると思います。自分の持てる力を一生懸命発揮すればそれでOKな段階(認知機能の発達段階で言う、注意の焦点化・維持から)、もう少し楽しみたい場合は2人3人の小さなグループで「ハモって、いいよね、良かったね」と共感できる段階。グループの規模がもう少し大きくなれば「みんなで呼吸や揺れを合わせる楽しみ」ということになっていくのだろうと思います。
── うまくできなかった場合の「劣等感」みたいなのは怖いですけどね。
三宅:その通りです。私はずっと劣等感を持っていました。劣等感の連続、あれ思う様にできない、 これも考え通りにできない。悔しい思いをいっぱいしてきました。そのおかげなのか、あんまりできることとかできないことというよりは、楽しい心地よい気持ちとか、頑張れたねという満足感。それが大事だと思っています。
── 受動的な関わり方と能動的な関わり方、両方大事ということですね。
三宅:はい、両方ですね。子どもの身体の発達を考えると、最初は楽器を叩くとか、 振り回すといったように能動的に音楽活動に関わることで身体機能を上げる。そして子どもたちの気持ちを整えるとか、ストレス発散とか、情緒面の発達は 音楽を聞きながらイメージを持って動くことが大事。つまり、両方の要素のある聞きながら身体を使う、遊びや楽器活動を通じて心と身体の発達を促進することが必要だと思います。

── 障害児だけでなく、健常児に対しても「音楽療法」は有効なんでしょうか?
三宅:たとえば教育では「指導要領」に基づいて、何歳までにこれだけの機能を育てて生きる力を育むことが必要ですよ、という基準があります。しかし、この通りにいかない人たちもいて、その際には、大人が少しサポートしてあげると上手く行く。
3歳までにはここまでできるようになると良い、という基準に届かないのであれば、何が原因なのかを探り阻害要素があれば、そこに少しでも届くように活動の質と量を見直し調整することにより、その子の可能性を見つけていくのが音楽療法(ミュージック・セラピー)です。 健常の子たちに対しては、それこそ指導要領に書いていることを順序よくやっていけば良いのですが、それだけでは興味が持てないとか、少しギクシャクしているなどのお子さんに関しては、やはり特別なアプローチ方法というか特別な個別の支援が必要になります。そこを提供するのがセラピーの役割だと思います。
健常の子たちに対しては、それこそ指導要綱に書いていることを淡々とやっていけば良いんだけど、ちょっとそこに興味が持てないとか、ちょっとギクシャクしてるとか、そういうお子さんに関しては、やっぱり特別なアプローチというか特別な支援が必要になってくるんですね。そこを提供していくのがセラピーの役割だと思っています。
最近ではダイバーシティ&インクルージョンといって、多様性を認め受入れよう、同じようにできなくてもいいよという世界になってきています。できなくてもいいよ、ではなくて、できなければできるように大人がサポートしていくことが必要でやれたねという経験が重要です。
療育の先生たちには、そういった知識が求められています。指導要領に書いてあること、パターン化された指導法だけやっていたのでは、きっと能力を発揮できるチャンスのないまま見落としていく子どもたちが出てきますね。44人に1人は自閉傾向など発達障害のある子がいると言われています。
── 44人に1人ですか。
三宅:また、2~3%は、知的に遅れている子が生まれると言われています。そういう子たちに対して画一的な指導方法でかかわるだけではなく、必要な支援、必要な手立て、必要な大人の関わり方法を届けることが、その子の能力を伸ばすことになります。
できないことをできないままにしないで、できないことはできるように教材や教具を工夫して関わる。できるようにするのは叱咤激励することではなくて、「できたね」というシーンを意図的に作ることが大人の役割だと思います。
もしかして、できるためには8割とか9割、大人がサポートする必要がある場合もありますが、最後の1割にその子が自分でやれたという体験を作ることで、その子の能力を伸ばすことにつながります。そういう支援ができる大人でいたいと思います。
── ほんとうにその通りだと思います。
三宅:ありがとうございます。そういったことが保育士や幼稚園の先生たちのお仕事なのだということを伝えていきたいと思っています。

── 療法ということではなくて、シンプルに「音楽と子ども」についてお伺いしたいのですが。日々の暮らしの中に音楽があると、なにが違うのでしょうか?
三宅:そうですね、乳幼児から学齢児までの多くの子ども達に関わる中で、毎日の生活の様々な場面で音楽を使っています。そこで思うことは、音楽があることで「整う」ということです。
── 整うというのは?
三宅:気持ちも身体も整います。音楽の構造が始まりと終点や緩急、大小、上下、速い遅いなどの合図となって、情動をコントロールしてくれます。音楽が聴こえている間は「待てる」そして「あそこ行って帰ってきて」ということもできる。ウォーキングもできます。音楽が「さあ、やらなきゃ」や「音楽が終わるまでに片付けよう」など彼らの気持ちの中での合図や見通しをたてることにつながっていて、分かりやすい世界を作ります。
また、毎朝「かもめの水兵さん」「明日があるさ」を聴きながら体操をしています。古い曲ですね、私の選曲だから(笑)。「この曲が聞こえてきたら、こういう動きをする。そうすると気持ちがいいよね」ということを大人も子どももみんなで共感するのです。動いた後は「あー気持ちいいね」と言いながら背中をさすったりします。頑張って体操をすれば大人が背中をさすってくれていい気持ちになれる。音楽がその合図になるというのもあります。
── 「気持ちいい」という感情と音とリンクさせるんですね。
三宅:そうですね。そして、見立て遊びも効果的です。「♪黄色いスカーフ、ルルルル♪」と指先を使ってスカーフをクシュクシュにする。指先のトレーニングです。手は体の外にある脳なので、指や手をしっかりと意図的に動かすということがとても大事。意図的にというのが大事です。
たとえば「♪バナナん、バナナん、バーナーナー♪」とか歌いながらスカーフを使ってバナナの皮をむいてパクパクパク食べる真似をする。様々教材や道具を操作するために指先を使う活動をして、指先を意図的に曲げると血流がアップする
また、パクパクパクと言って食べる真似をすると、その後お昼ご飯にスムーズにいける。お弁当の時間になって手を洗いに行くなどのタイミングになるとバーと走り回る子が、歌あそびで楽しむ「食べる」ということとリンクしてお行儀よく食べる。
他にトランポリンでも、何も言わないとその上で寝転がる子も、 楽しい音楽が聴こえると音楽に合わせて跳びます。そうすると本当に笑顔が増えるし、聴覚と自分の身体の動かし方をリンクさせていくという、脳機能のすごさ見せてくれます。
── 音楽によって、楽しさが倍増される。
三宅:カホン(箱型の打楽器)という楽器があるのですが、その上にお子さんが座ってカホンを足でポンポン叩きます。そのとき、叩いている様子に合わせて大人が他の楽器で合わせるのです。そうすると「合わせられた!」っていう感じでパッとこっちを向きます。
実はその子は自閉さんです。自閉の子は、アイコンタクトが取れない。視線が合わない。大人が視界にわざと入っても、こちらがジーッと見ていても目を反らします。ところが彼の音に大人が音を合わせると「合わせたな~!」という顔で私のことを見てニタっと笑う(笑)。自閉の子が私を見た!というのでそのことは記録に書きました。涙が出るほど嬉しかったです。
── まさにジャズですね。フリースタイル。
三宅:まさしくそうです、音楽ならではの体験です。言葉でどんなに指示しても何も起きない。だけど「えっ、なんか起きた?」みたいに気づくというか、彼自身の中での喜びとかね、そういう経験を彼の中に起こさせることができるのが、やっぱり音楽だなっと思います。
(続きます)
【本記事について】
Didit(遊具メーカーの福祉事業部門として製品の企画や開発を行う)企画によるインタビュー(全3回) インタビュアー:森行正
初出:note| note版:https://note.com/didit2024/n/n88ac6c881c6e