音や音楽を用いたリハビリテーション「音楽療法」。その原理を追求し実践してきた三宅聖子さんは「音楽」を軸に、療育や医療、教育といった様々な分野で精力的に活躍しています。現在の職場である渋谷区の福祉施設「生活実習所つばさ」でお話を伺いました。
三宅 聖子(みやけ まさこ)
渋谷区社会福祉事業団「渋谷区生活実習所つばさ」(障がい者福祉施設)施設長。大阪生時代からジャズpianoやジャズorgan奏者として活動。コロラド州立大学にてNMT(神経学的音楽療法)フェローを取得した経験あり。医療現場にて音楽療法の臨床とリハビリテーション専門学校の教員として音楽療法を中心に活動。その後、渋谷区障害者福祉センター(児童発達支援、日中一時支援、生活介護、入所支援等)において音楽療法士兼施設長を経て現在に至る。
この子たちは一体何者なんだろう? それが脳について知りたくなった理由のひとつです。
── 三宅さんは現在おもに音楽療法士として活動されていますが、どのような経緯でいまのお仕事をされるようになったのですか?
三宅:もともとはジャズ演奏をしていました。当時、音大にはジャズを学べる学部がなかったため、音大にいながらジャズの先生について学び演奏活動をしていました。
音大を卒業してからも演奏活動は続けながら、子どもの心と身体の発達促進のための創作ミュージカルの仕事をしていました。具体的に言うと、言語や心身機能の発達と、親と子の愛着形成に影響する音楽活動の研究を15年くらいしていました。
── それは研究としてやられていたんですか?
三宅:そうですね、プログラムの開発と指導者育成をしていました。そこでは私も実際に教材を使って子どもや親と関わっていました。

あるとき私がピアノを弾いていると、グランドピアノの下からずっと出てこない子がいました。他にも、みんなが手をつないで輪になっていても触れることが嫌だという子とか、みんなが楽しく歌ったり踊ったりリトミックをしていても、隣でシンバルや太鼓をバーンと鳴らし、太鼓の上に乗ってジャンプしたりとか。
── まったく言うことを聞かない。
三宅:というより、まったく自由に色んなことをする子どもがいて。いま思えば発達障害児ということになるのでしょうけれど、当時は「この子たちは一体何者だろう?」と思いました。それが脳について知りたくなった理由です。
── 一体何者なのか?その行動が理解を超えていたと。
三宅:はい。その子たちのお母さんは、いつも綺麗な格好をされていて、育てにくさを感じていても、決して髪を振り乱して必死に子育てをする家庭環境ではないと思えました。性格が悪いわけでもなければ、育て方が悪いわけでもない。だからきっと構造的にアクティングアウト…つまり表出表現っていうものに対する脳機能的なところがちょっと違うんだろうなと思ったのです。
そこで、音や音楽と脳機能のことが知りたくて、コロラド州立大学に学びに行きました。結局それから8年間行ったり来たりすることになったのです。
── 当時、日本にはそういったことを学べる場はなかったのですか?
三宅:残念なことに、日本にはありませんでした。ただバイオミュージック学会(※)という医師を中心とした団体が、「音楽が人の体や脳にどう影響するか」ということを研究していたのでそこには参加していました。
※バイオミュージック学会…現在は「一般社団法人 日本音楽療法学会」として、音楽療法を通して健康の維持・促進など広く社会に貢献するための活動を行っている。

コロラド州立大学には、音や音楽と脳機能について研究をしているDr.タウト教授が、音楽に特化したリハビリテーションを行っているという情報があり、学びに行くことにしました。
リハビリテーション病院での臨床で、OT(作業療法士)、PT(理学療法士)、ST(言語聴覚士)と対等に仕事をしたいと思ったのもコロラドに行った理由のひとつです。当時の日本の医療現場では、音楽で患者さんのモチベーションを上げることはできても、治療は無理でしょうと少々軽視されていました。ましてや私は、髪型はソバージュで、服装もチャラチャラしていたので、「音楽やってる人は派手だよね」みたいな(笑)。
── そんな時代だったんですか。それでコロラドに行ったと。
三宅:音楽には言葉がなくても伝わる部分があります。音楽が聞こえてくると、わーっと走りまわっていた子がピタッと止まって状況を把握したり、認知症の方たちが歌いだしたり。脳血管障害の方が歩行訓練に対して「今日はやんないよ」と言っていても、音楽が聞こえたらトコトコ歩いて音楽を聴きに出てくる。
「やっぱり音楽ってすごいよね」とOTやPTも言ってくれるのですが、なぜそうなるのか?という科学的根拠が明確になく説明が難しかったのです。偶然動いただけかな?みたいに。
今後、たとえばAIがどんなに発達しても、人間が「あ」っと何かに気付いて行動を起こすことはAIにはできないと思うんです。それくらい人の脳には奥深いところで行動を起こす過去・未来そして今を一瞬に時空間を超えて結びつけるきっかけのようなものがある。その科学的な根拠を知りたかったのです。
── コロラドで医療の現場を実際にご覧になられていかがでしたか?
三宅:まずアメリカは進んでいると思ったのが、歩行訓練と言語の訓練で音楽を使うと、日本で言う保険点数という治療報酬の対象になるそうです。日本でも、ST(言語聴覚士)が行うリズムを使った言語訓練は保険点数になりますし、PTやOTがメトロノームのリズム音を使って訓練をしています。私たち音楽療法士が同じことをやっても全然ダメなのです。
── そういった治療というのでしょうか、訓練を実践している現場を見て学んできたということでしょうか。
三宅:そうです。コロラド州立大学に併設されている病院では、OT、PT、STと音楽療法士が臨床を共に実施していました。子どもの現場もあれば、認知症の高齢者や脳血管障害の患者さんの現場もありました。

── 実際に音楽療法を実践されている現場はどうでしたか?
三宅:そうですね。やっているプログラム自体は私たちと違わないと思いました。
── あ、そうですか。
三宅:はい、音楽やリズムに合わせて運動や楽器演奏、身体表現をする部分は全く同じでした。違ったのは根拠。なぜ音楽やリズムに合わせる事がいいのか、という基礎研究をしている現場で、そこは大変勉強になりました。
例えば腕を伸ばして戻す動きひとつとっても、机上に2ヶ所シールを貼っておいてそこを目印に往復する。何も音がないときと、メトロノームのリズム音に合わせるときと、筋肉の使われ方が変わるのです。音楽やリズム音があると手や腕の動き(軌道)も速さも安定します。
── そこには音階は付かないのですか?
三宅:研究の現場なので、シンプルな刺激音だけでした。メトロノームの「コンコンコンコン」というリズム音だけ。日本では「それを音楽療法といえるのか?」ということで物議を醸したんですけどね。
まずその方ができること、普段されている行動に音や音楽の速さ等を合わせて、まずは動きを安定させます。動きが安定したところから、より理想的な動きに変化させる、変容させるというのがリハビリテーションの目的です。
例えば脳血管障害患者の歩行訓練のときに音楽を聞きながら実施すると、着地が踵から真っすぐストレートで、筋電図はブレの少ない本当に美しい筋電図になります。安定したところで、ゆっくりしか歩けない場合は、少しずつテンポを上げていく。ただし速くするときに「速くなった」と気づくと 緊張してしまい、上手く動けなくなることがあります。緊張の起きない約3%から5%程度速さを変化させて、徐々に理想的な動きにしていくトレーニング方法です。
── 同じようなことは、日本でもやられてたんですね。
三宅:やっています。PTも「右、左、右、左」とか「1、2、1、2」とか言いながら歩行訓練を実施しています。ただ人の声だとその人のテンポになったり不安定になるのと、どのくらい速くなったのか測定できない。機械音だとデジタルで速さが出るので測定しやすいのです。「昨日は65だったけど今日は68だったね、ちょっと速くなったね」と分かるので、データを取りやすいですよね。
そういった研究をコロラドでやっていて。実際に臨床する方、データを取る方、データを分析する方、心理学の先生、統計学の先生たちがチームで研究しているのです。素晴らしく衝撃的でした。それを学べたのがすごく良かったと思いました。
── 具体的なトレーニング方法はあるのですか?
三宅:実際には19のテクニックがあり、それを学んできました。ただそれが本当に日本人にマッチするのか?ということが私には疑問でした。そこで、日本心理研究所の所長で精神科医でもある松井紀和先生と、京都大学の名誉教授で作業療法士の山根寛先生に、私の臨床を振り返るバイザー (スーパーバイザー)になっていただきました。
お二人にご指導をいただいて、日本人に対して、あるいは子どもに対して効果的なのか、このやり方が本当にいいのか、ということを検証して頂きました。

── 大学ではジャズをやられていて、そのまま音楽の世界ではなく子ども相手の道に進んだのには、何かきっかけがあったのですか。
三宅:私の母が子どもにピアノを教えていたものですから、そういえば母の影響ですね。ジャズをやっていたときも、母の手伝いもしていました。子どもたちの創作ミュージカルというのも、ジャズと同じ即興演奏なのです。
例えば「どんぐりころころ」だとか「めだかの学校」という曲がありますよね。そういった既成の曲使うのではなくて、子どもたちが走りだしたら、走る音楽を即興で付けます。それから「お花をとりましょう」と言ってスキップすると、そこにスキップの曲を即興で作るのです。ジャズの即興と全く同じなので、そのあたりはリンクしているんですね。
── 相手の動きや呼吸に合わせて音を出している。
三宅:そうです。リハビリテーションもさっきお話した通り、患者さんの動きに合わせて音を作っていくので。そのあたりはやっぱりジャズをやっていたからできたのだと思います。
音楽家の多くは、楽譜を見て演奏の練習をします。でも私の場合は楽譜がなくても演奏できます。そこにいる、いま生きている人たちが楽譜なのです。その方たちの動きを音にしていく、ということが可能です。
それはまさしくコロラドでやっている音楽療法も同じでしたし、私のバイザーである山根先生や松井先生も「まさしく音楽療法だね」ということで一致しています。もちろん既成音楽を使うことがダメではないのですが、その方に合わせた音楽を即興で作っていくということです。それがあったのでジャズと音楽療法がリンクしたのだと思っています。
── 昔から子どもは好きでしたか?
三宅:好きですね。子ども大好きでしたね。やっぱり可愛いですもんね。子どもは、とっても可愛い(笑)。
(続きます)
【本記事について】
本記事は、Didit(遊具メーカーの福祉事業部門として製品の企画や開発を行う)が企画・実施したインタビューです。全3回シリーズでお届けします。
インタビュアー:森行正
初出:note(2025年4月7日公開) |note版はこちら:https://note.com/didit2024/n/ne4cbb63e7724