私は幼少の頃、どこへ出かけるにも本を片手に持っていた。字が読めないうちから本をじーっと眺めていたそうだ。今は本を読む暇もないけれど、子ども時代、わくわくしながら本を読んだ記憶は鮮明だ。
オーストラリアには優れた絵本が多い。ストーリーもさることながら、絵も素晴らしい。温かみがあったり、色調も優しいものがほとんど。
数ヶ月前、日本に行って本屋さんの子どもコーナーをのぞいた。毎週図書館へ行く、本大好きッコの息子のためである。懐かしい風情の素敵な絵本ももちろんたくさんあったが、なんと原色の多いこと。そして、本人に好きなのを選ばせてみると、これがまた原色ものばかり手に取るのだ。子どもの本能なのだろうか。
早速、家で読む。ページをめくると、「ちきゅうをまもる、せいぎのみかた」とか、「わるいやつをぶっとばせ」とかそんな言葉が3Dっぽいエフェクト付きで、そこら中にころがっている。
まだ日本語の語彙がほとんどない息子の脳にインプットされたのは、こういった、日常で使うことの少ない言葉だった。
「What’s へんしん?」
「What’s がったい?」
そんな言葉知って役立つか?でも買ってきた本に載っているのは目がチカチカするような写真とこういう言葉ばかり。テレビ番組も、そういう類のものが多くて、好きで真似して遊ぶくせに怪獣が怖くて1人で見れない。全く3歳児というのは…。
こうして少し距離を置いてから見てみると、日本の子ども用の本やアニメは、ガチャガチャしているものが多いように感じる。ポケモンしかり。ガオレンジャーしかり。ポケモンがオーストラリアで空前のブームになっているところを見ると、これが子どもに受けるスタイルなのかもしれない。
こちらの息子の愛読書の中で私のお気に入りは、Dr. Seuss(ドクター・スース)の絵本と、Mr. Men and Little Missのシリーズ。前者の本の一つ「グリンチ」はつい最近ジムキャリー主演で映画化された。緑の卵とハムとか、どれも絵本ならではのつじつまの合わないシュールなストーリー展開なのだけれど、子どもに必要な言葉遊びが散りばめられているところが絶妙。絵が不思議な世界と実にマッチしていて、このドクターは天才だ、と思う。
Mr. Men and Little Missシリーズは、Mr.StrongとかMr.Smallとか43人のミスターが登場し、それぞれの主人公で1冊のショートストーリー。絵も可愛いし、何より優れているのは、英語の形容詞が楽しい物語の中にふんだんに使われていること。Absolutleyとか、extraordinaryとか。読み終わった頃には英語の勉強になります。
やっぱり本は子どもに夢や知識を与えるものであってほしいと願うのは、勝手な親心なのだろうか。
(リビング・イン・ケアンズ誌2001年11-12月号に掲載)
「学生寮に入っている息子のルームメイトが 火事をおこすという事件が!
親元を離れて数ヶ月でこんな災難に遭うとは。。
人生って色々なことがある、人を攻めても仕方ない、
解決のために行動する、と早くからレッスンになったようです。
可愛い絵本を読んで喜んでいた時代が親子共々懐かしい。。」
〈2015年6月〉